「売名行為ですかって、面と向かって言われたことがある。でも、売名だったら49年も続かないって…。そう、思いませんか?」
15歳のとき、刑務所の慰問を始めた。それから49年…。杉良太郎(63)はこう話してくれた。今年の5月、ベトナムにいた。日本で廃車になった消防車を寄付するため…。ハノイは年間250件ほど火事がある。しかし、消防車が足りない。だから、日本の自治体と常に連絡を取りながら、「いらなくなった消防車探し」をしてやっと7台集めた。これって根気のいる作業であったが、表面的にしか知らない外務省関係者は、「車そのものはタダです。杉さんの個人的負担は輸送費の400万円くらいでしょうか…」といった。
これを聞いた杉さんは、「…ったくだよね。集めるのにどのくらい苦労したかってこと。ま、いいけどね」。それでも”自費”でベトナムにやってきて、下記の写真のように授与式をやった。

歌手として身を立てる以前、無名の頃の15歳から日本の刑務所などを回っての慰問、チャリティ活動をしている。「何か役に立てないか…と。昔から困っている人を見ると、じっとしていられなくて」。役柄に『遠山の金さん』があるが、着流しから背広び変わってもその気質は変わらない。阪神大震災では誰よりも早く、神戸に駆けつけて、物資を送っただけでなく救援活動を率先した。中越地震でも飛行機をチャーターして足りない物資を運んだ…。
海外にも積極的だった。
「日本という国はおごり高ぶっておかしくなった時期に、戦争でアジアの人たちに迷惑をかけた。まずは迷惑をかけた国にお詫びに行こうと…。そしてまた、移民など受け入れてくれた国にはお礼に行こうと…」
韓国、中国、モンゴル、マレーシア、ブラジルそしてベトナムなど多くの国での活動をしてきた。ベトナムとは1988年からのつながりになる。
「最初、訪れたとき、昭和の初めの日本のような感じがして、懐かしさもありました…。同じアジアでも遅れている、何とか自分で出来ることを…」。元来の”血”が騒ぎ、傾倒していった。単なる寄付行為でなく、現地を見て血の通った福祉…。25人の子供たちの里親にもなり、”卒業生”を含めれば100人以上のこどもを育てている。
妻・伍代夏子さんは、「とっても素晴らしいことだと誇りに思います。けど、そろそろ我が家の老後のことも考えなくては…」と笑う。ずでに10億円以上にも及ぶ私財をなげうっての福祉活動には、驚くしかないが、”金さん”は、「この仕事には定年がないからねぇ」と、まだまだ続けるつもりである。
福祉活動に一環として、音楽を通じてのチャリティ活動も続けて、ついに今年の5月24日ハノイで、26日ホーチミンで『日越音楽祭』を開催した。日本から杉良太郎、伍代夏子、夏川りみ、秋川雅史、W-inds、島谷ひとみが参加した。

「8日間の拘束するんだ。忙しい人たちだったけど、主旨に賛同してくれて…」。杉は喜んだ。

ベトナムからも、”ベトナムの美空ひばり”と言われているミー・リンさん、ベトナム・ポップス会のスター、ミー・タムさんら6組が出場。最後には、杉良太郎、伍代夏子のデュエット曲「エンジェル」を全員で合唱すると、伍代の目から大粒の涙が溢れていた。初の”日越融合”はとても感動的だったが、「これはあくまでも通過点。もっと、交流しなきゃ…」という杉の言葉は熱かった。
日本ではめったにお目にかかれないベトナムの歌手たちの実力と魅力…。この模様が日本で今月6月29日、午後4時半から2時間にわたって放送される。NHK衛星第2(BS-2)は、結構必見である。


by ~こめんとするあほぅ…
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